百年続く「七味缶」デザインを振り返る
ゲスト - 八幡屋礒五郎 九代目・室賀栄助
2024年04月25日
多くの皆さまにご愛顧いただいている「信州の名物」、八幡屋礒五郎の七味缶。その唯一無二のデザインが今年、誕生から100周年を迎えました。
この100周年を機にあらためて、皆さまに当社のデザイン資産である七味缶の成り立ちをお伝えしたく、これまでのあゆみをもっともよく知る九代目・室賀栄助のインタビュー企画を実施いたしました。
どのような経緯で七味缶は現在のデザインになったのか。イヤーモデル「百年缶」をはじめとする、さまざまな派生商品はどのようにして生まれたのかーー。
4月26日から長野県立美術館で開催される企画展「七味缶 食卓であゆんだ100年」への思いとともに、室賀が七味缶のこれまでとこれからを語ります。
長野県長野市出身。1985年4月有限会社八幡屋礒五郎に入社。 2004年有限会社八幡屋礒五郎 代表取締役社長に就任。変化を嫌う社風に疑問を感じ、伝統的な商品や長年蓄積されたデザイン資産を、時代に合わせた新しい解釈で再生。品質改善や商品制作を積極的に見直し、八幡屋礒五郎を「家業」から「企業」へ転身させる。 2020年10月「九代目 室賀栄助」を襲名。
戦前の七味缶を発見、劣化の「謎」が解ける
まずは、現在発売中の「百年缶」についてお聞きします。往年のデザインをオマージュした復刻デザイン缶が2024年の限定イヤーモデルとして販売されましたが、現行のデザインとはどのように違うのでしょうか?
九代目
手のひらにすっぽりと収まる基本的なかたちやサイズは一緒ですが、絵柄に細かな違いがあります。唐辛子が少しふっくらとしていたり、「名物」の文字色が違ったり。ほかにもいくつかの違いがあるので、現行のデザインとぜひ見比べてみてください。
新旧のファンが楽しめそうな、通好みのマイナーチェンジになっていますね。
九代目
そうですね。これは趣味人だった六代目の栄助が考案した初期の絵柄がもとになっています。
この初期の絵柄が描かれた当時の七味缶は、社内でも長らくどこに保管されているのかわかりませんでした。ですが、私がこの仕事を始めた30年前にたまたま工場を整理していて、それと思われるものを発見したんです。
その缶は七代目による虫害対策の実験で奇跡的に保存されていたもので、当時販売していたものよりも絵柄が精巧でした。
九代目
実は七味缶の絵柄は戦前と戦後で二回改版されているのですが、父からは「画工さんが手書きで改版する過程で当初の絵柄がだんだん劣化していった」と聞いていました。
表記などから察するにそれは少なくとも戦前につくられたもので、「もともとの絵は、こういう解釈で描かれていたのか」っていうのが、そのときの発見でよくわかりました。
それは大きな発見でしたね。その古い缶をヒントにして、2004年に絵柄のリニューアルを行なったんですよね?
九代目
はい。栗菓子の小布施堂さんなどの商品デザインを手がけていた原山尚久さんに「古い状態に戻したい」と言って描き直してもらったんです。
直してもらったポイントはいくつかありますが、まず製造元などが書いてある巻物の部分で、それが巻物であるとわかるように、紐の描き方を調整してもらったのがひとつ。
もうひとつは、背景の葉っぱがよくわからない植物になっていたので、ちゃんと唐辛子の葉っぱですよ、というのがわかるように葉脈の描き方などを工夫してもらったこと。
それから善光寺の絵も平面的で奥行きのないものになっていたので、これも実際の善光寺に寄せてくださいということで、立体的に描き直してもらっています。
基本的には改版以前のオリジナルに近いものにしたということですよね?
九代目
そうです。ただ果実に関しては、ヘタの部分が当時の印刷技術の都合で青く表現されてますし、けっこうナスって言われちゃうんだよなあと思っていたので……(笑)、もうちょっと唐辛子っぽく細くしてくださいとお願いして、今のかたちになっています。これは私がこだわったポイントでもあります。
原山さんはもう亡くなられましたが、昔に戻せるところは戻す、今の解釈に変えるところは変えるといったかたちで、最適なデザインを一緒に考えながら一つひとつ手を入れていきました。
そうして完成したのが、今みなさんにご愛顧いただいている現行のデザインですね。
当時は袋での販売も行なっていましたが、完成した缶のデザインと明らかに違うので、2017年からは袋も缶のデザインの方向に統一しています。
おもしろそうなことは何でもやってみる
社長の代から始まった企画はどれもユニークでこれまでにないものが多い印象です。特に2006年から展開されているイヤーモデルは恒例にもなっていて、毎年どんなデザインが登場するのか楽しみにされている方も多いと思います。この取り組みが始まった経緯について教えてください。
九代目
最初はイヤーモデルというかたちではなくて、単純に「特別な缶をつくれないか?」というご相談を2002年にドコモさんからいただいたのがきっかけですね。そのあとに東急さんからも同じようなご依頼をいただきました。
その実績を踏まえるかたちで、2006年に最初のイヤーモデルをつくりました。
当時北野建設に勤めていた友人がその年にオープンした映画館「長野グランドシネマズ」の担当になったことからご縁をいただいた「映画缶」です。
九代目
「映画館の缶っておもしろいよね」と、ダジャレからの気軽なノリで始めたものだったんですけどそれが思いのほか好評だったので、じゃあこれ、毎年テーマを決めて楽しくやったらいいんじゃない?ってことで続けるようになっていきました。
当社の長い歴史のなかで、ブリキ缶に善光寺以外のモチーフが描かれた初の事例でしたね。
その後もその年にふさわしいデザインを缶に反映させるということで、さまざまなイヤーモデルを発売しました。特に反響が大きかったものは?
九代目
乗り物系ですね。特に電車系はファンが多くて。
例えば、引退した長野電鉄の2000系車両をモチーフにした「電車缶」や、北陸新幹線の新型車両と旧車両の数字を掛け合わせた「2-7缶」、新型車両の登場を記念した「特急あずさ缶」などは大変好評でした。
イヤーモデルのほかにも、音楽プレイヤーとして使える「MP3 PLAYER 音楽缶」や、実際に街中を走ってイベントなどに出張する「くるま缶」など、食品の領域を超えたユニークなアイディアも多数展開してきました。社長のなかで、特に思い入れがあるのは?
九代目
椅子缶ですかねぇ。
これは京都の辻村久信さんというデザイナーさんからご提案いただいたものなんですけど
九代目
ただこれは、現行のデザインがベースですから善光寺の絵が描いてあるわけです。販売するには商標登録をしないといけないので、完成品を持って善光寺に相談に行ったら、「お寺に座るのはけしからん」というご意見を頂戴して……。
おお、言われてみれば……。
九代目
これ、うちの商品という頭しかなかったんですけど、確かにそうだよなあと。
善光寺のなかでも意見が割れたらしいのですが、信仰的にそれを受け入れられない人も当然いらっしゃるでしょうし、そこは私たちの考えが甘かったということで、つくったものは全部廃棄して絵を差し替えました。
ただ、その時点で1000本くらいはつくっちゃってたんですけどね。思い入れというか、苦い思い出です(笑)。
新しい取り組みには、成功も失敗もあるとは思うのですが、社長のスタンスとしてはおもしろそうだったら何でもやってみるという感じでしょうか?
九代目
それはもちろんそうですね。基本的に他社さんからご提案いただいたコラボ企画は断ったことはありません。
老舗の七味屋さんって全国にもいくつかありますけど、うちは特に容器に特徴があるわけですから、経営者としてこれを生かさない手はないと思っています。これからもおもしろそうなコラボがあればやっていきたいですね。
これまでとこれからの狭間で
最後に話題を変えまして、4月26日から長野県立美術館で開催される企画展「七味缶食卓であゆんだ100年間」について、見どころなどをお話いただきたく存じます。
九代目
展示の内容としては、八幡屋礒五郎の七味がどういう経緯で生まれ、長野という土地に根差しながら、どんなチャレンジをしてきたのかという歴史のご紹介を中心に、たくさんの派生商品なども並べてデザインを楽しんでもらう企画を予定しています。
デザインの変遷だけでなく、意外と知られていない素材へのこだわりの部分などもお知らせしていくそうですね。
九代目
はい。七味って簡単にやろうと思ったら材料を仕入れてきて混ぜるだけでいいんですけど、うちはできるだけ「上流」から加工したいので、原料の一部は「八幡屋ファーム」という自社農場で栽培しています。
こだわりの行き着いた先のひとつに農業があったというところも、ぜひ多くの方々に知っていただけたらと思います。
この30年間いろんな商品をつくってきましたが、私自身もこれを機に自分の頭のなかを整理して、次に進みたいと考えています。
容器のデザインで長く続いているというのは、絶対に大切にしたいことですし、自分たちの強みだと思っています。今回の企画展でそれをちゃんと振り返って、今後に生かしていきたいですね。
< 展覧会情報 >
八幡屋礒五郎 七味缶 百周年記念展
「七味缶」食卓であゆんだ100年
- 会期
- 2024年4月26日(金)~ 2024年5月6日(月)
- 休館日
- 5/1(水)
- 開館時間
- 9:00~17:00(展示室入場は16:30まで) ※初日4/26は12:00から
- 観覧料
- 無料
- 会場
- 長野県立美術館 本館地下1階 しなのギャラリー
- 主催
- 根元 八幡屋礒五郎 問い合わせ:026-232-3966